入居する時にタバコは吸わないでって伝えていたのに、退去立会いで部屋を見てみたらみたらタバコの匂いやヤニがクロスに染み付いていたんです。
これは、壁も天井もクロスを全部張り替えるしかないなって思うんですけれども、こんな場合だったら入居者さんに工事費用を請求しても大丈夫ですよね?
賃貸住宅におけるトラブルで最も相談の多い内容が「退去時の敷金精算」についての相談(現状回復に関する相談)です。以下の円グラフが、窓口に寄せられた相談事項の割合です。
特に喫煙者に対して、タバコのヤニによるクロスの汚れを理由とした張替えの請求ができるのか?というのはよくトラブルになるポイントです。
喫煙によるクロス張替の費用負担が賃貸人なのか賃借人なのかを判断する上で、押さえておきたいポイントが以下の3つです。
- 原状回復義務について
- 経年劣化・減価償却について
- 修繕箇所の負担範囲について
今回は賃貸住宅における現状回復トラブルについて東京都市整備局が発行している「賃貸住宅トラブル防止ガイドライン」や過去の判例を参考にしながら解説していきたいと思います。
1.原状回復義務の定義について
賃貸住宅トラブル防止ガイドラインでは原状回復について下記のように定義しています。
原状回復とは、賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗等
また、通常損耗に関する判例でこのような事例があります。
【通常損耗を賃借人の負担とする特約が否決された事例】
大阪高等裁判所判決 平成12年8月22日判決の要旨
建物賃貸借において特約が無い場合、賃貸期間中の経年劣化、日焼け等による減価分や通常使用による賃貸物の減価は賃貸借本来の対価というべきであって賃借人の負担とする事はできない。
また最高裁の判決でも平成17年に同じく通常損耗を賃借人負担とすることはできない判決がでています。
これをかんたんに読み砕くと、以下のポイントにまとめることができます。
- 普通に住んでいて付いたキズや汚れは「貸主」の費用負担(経年劣化)
- ワザとや不注意でキズや汚れを付けてしまった場合は「借主」の費用負担(故意や過失)
では、喫煙によるクロスの汚れは、通常損耗と故意過失のどちらに含まれるのでしょうか?
喫煙について、ガイドラインはこのように定義しています。
「喫煙等によりクロス等がヤニで変色したり臭いが付着している場合は、通常の使用による汚損を超えるものと判断される場合が多いと考えられる。なお、賃貸物件での喫煙等が禁じられている場合は、用法違反にあたるものと考えられる。」
つまり、喫煙によるクロスの汚れやニオイは通常損耗とは考えず「借主」の費用負担とする場合が多いといえます。
以前のガイドライン上では、「喫煙自体は用法違反、善管注意義務違反にあたらず、クリーニングで除去できる程度のヤニについては、通常の損耗の範囲であると考えられる。」とされていましたが、平成23年の改定以降、喫煙に対する借主の責任は重くなったと言えるでしょう。
この背景について、私見と断りつつ改訂作業に関与した方の見解が掲載されています。
「旧ガイドラインでは喫煙自体は通常の使用で用法違反等ではないとされていましたが、喫煙者の減少、喫煙に関する社会情勢等にも鑑み、通常の使用であることを前提とするのではなく、汚損がある場合について賃借人の負担となるという趣旨で位置づけ・内容が変更されたものです。」
やはり、時代の流れとともに喫煙者数が減少していること、賃貸物件ではタバコを喫煙しないという認識が一般化してきていることが理由と思われます。今後もこの流れは強まっていくと考えられます。
以下は厚生労働省が発表している「喫煙者数の推移」です。
引用元:最新タバコ情報 | 統計情報 | 成人喫煙率(厚生労働省国民健康栄養調査)
では、たばこの喫煙による汚損の借主の負担は具体的にどこまで負わねばならないのでしょう?
2.経年劣化(変化)・減価償却について
過度の喫煙により、クロスを汚してしまった場合、クロス張替による敷金精算時で重要なポイントとなるのが「経年劣化(変化)・減価償却」です。この、経年劣化・減価償却についてのガイドラインを押さえておかないとクロス張替費用を全額請求など、過度な料金を請求してしまい、トラブルの元になりがちです。
原状回復におけるガイドラインでは原状回復において経年劣化(変化)・減価償却の考え方を取り入れています。
この考え方は「建物・設備」などの価値は年数が経てば価値は減っていくものとしており、「入居の年数・経過年数によって価値が減った価格で精算するべき」としています。
入居後6年でクロスの価値は1円に
継続して入居していればクロス・設備の価値はどんどん下がっていき、喫煙など「故意・過失」にてクロスの修繕などが必要な場合でも「現存する価値」の分に対しての請求となります。
つまり、「故意・過失があったとしても」入居年月が長ければ、入居者にはほとんど請求することができません。
下図はガイドラインの入居年数における負担割合表です。
※クロスの耐用年数については「6年」とされています。(原状回復ガイドラインより)
引用元:国土交通省住宅局 原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改定版)
つまり、たとえ入居者が喫煙によって壁紙を汚していたとしても、その原状回復費用として請求できる金額は居住年数によって変わってくるということです。
ガイドラインの考え方によれば、できたてほやほやの新築物件に入居した場合、3年も経過すれば、クロスの張替費用の負担割合は半分程度の請求となります。
さらに言うならば、6年以上経過している場合、価値は1円まで低下しているため、実質クロスの張替費用は請求できないとも言えます。
ただ、6年以上居住することでクロス自体の価値は1円となってしまいますが、たばこの喫煙によってクロスの張替工事が必要な状態にしてしまったということで、クロスの「交換にかかる作業代(作業員の人件費や作業料など)」は請求することが可能なケースもあります。
具体的には、経過年数を超えた設備等であっても、継続して賃貸住宅の設備等として使用可能な場合があり、このような場合に賃借人が故意・過失により設備等を破損し、使用不能としてしまった場合には、賃貸住宅の設備等として本来機能していた状態まで戻す、例えば、賃借人がクロスに故意に行った落書きを消すための費用(工事費や人件費等)などについては、賃借人の負担となることがあるものである。
原状回復ガイドラインより
つまり、不動産管理会社としては、入居者から「長期間居住しているから原状回復費用はかからないはずだ」と主張されたとしても、クロス本体の費用は請求できずとも、その工事費用については請求を行うことができると考えられます。
※個別の事情によって請求できるかが異なりますので、トラブルに発展しそうな場合は法律の専門家にご相談されることをおすすめします。
3.クロス張り替えの費用負担範囲
汚損部分のみクロスを張り替えることで周囲のクロスとの色が違ってくることなどを理由に、汚損部分だけでなく部屋全体の張替えを行い、その費用を借主に請求する場合があります。
- キッチン周りや換気扇の下など決めた場所でしか吸っていない
- 喫煙室でしか吸っていないのに、全室の張替えを請求するのはおかしい
というのが、借主がよく反論するポイントです。
ガイドラインでは前述のとおり、「喫煙等により当該居室全体においてクロス等がヤニで変色したり臭いが付着した場合のみ、当該居室全体のクリーニングまたは張替費用を賃借人負担とすることが妥当であると考えられる」としています。したがって、「居室全体において」クロス等が「ヤニで変色したり臭いが付着」していれば、部屋全体のクリーニング費用や張替費用を入居者が負担することとしています。
一般的にクロスなどの張替えについては、賃借人が毀損した箇所を含む一面分を賃借人が負担することもやむをえない、とされています。しかしながら、煙であるタバコのヤニの場合、一般的に「部屋の中のある1箇所」の汚れとは考えにくいことから、部屋全体分のクロス張替費用を借主が負担することが妥当だとされています。
たばこ喫煙に関する特約について
では、このようなトラブルを避けるために、そもそも全室、建物内を禁煙にしてしまって、以下のような特約を賃貸借契約に設けることは可能なのでしょうか?
特約例)
「本物件はたばこ喫煙不可物件のため、喫煙者入居時には、全室壁、天井部分クロス、襖張替え及びルームクリーニングを必須とし、その費用を借主の負担とする。」
上記の答えとしては、各個別の契約内容による部分があるので一概には言えませんが、貸主は特約によって、クロスの張替費用、ルームクリーニング費用を借主に請求しても問題はありません。
その根拠としては、以下の条文が参照されます。
貸主と借主の合意により、原則と異なる特約を定めることができる。これは、民法では「契約自由の原則」が基本とされているため、契約内容は、原則として当事者間で自由に決めることができることによる。ただし、通常の原状回復義務を超えた負担を借主に課す特約は、内容によっては無効とされることがある。
これをかんたんに解説すると、以下のような意味合いになります。
「契約は民法上、貸主と借主とで自由に決める事ができるから、追加で負担を課す内容でもOK。でも、通常の原状回復義務を超えるのはNG。」
この追加で負担を課す契約が認められるには、以下の3点を満たしていることが条件となっています。
- 特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること
- 賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること
- 賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること
つまり「禁煙不可物件」というのが、請求のための名目的なものではなく、実態として事実であり、入居者もこの負担について、特別な負担であることを十分認識して契約を締結していることが必要となります。
まとめ
上記の内容をまとめると、喫煙によるクロスの汚れに関して原状回復の基本ルールとしては、以下のようにまとめられます。
- 喫煙等によりクロス等がヤニで変色したり臭いが付着している場合は、通常損耗とは考えず借主の負担である。
- 請求できる現状回復金額は、居住年数による減価償却によって変化する
- ヤニや汚れの付着部分だけでなく部屋全体のクロス張替費用を借主が負担することが多い
また、貸主と借主の間で合意があれば、その基本ルールの原則とは異なる特約を結ぶことができます。その際のルールは以下の通りとなります。
- その特約に必要性があり、暴利的では無いということ。
- 借主が、通常の現状回復のルールを超えた部分も負担をしているということを理解していること。
- 貸主と借主の間で、特約の内容を合意していること。
つまり、不動産管理会社が貸室内でたばこを喫煙していたことを理由にクロスの張り替え費用を請求するためには、契約書などで「たばこ喫煙時には、クロス張り替え費用を借主が負担すること」という記載があることが必要となります。
※明確な記載が無い場合、6年以上居住している入居者であれば、ほとんど費用請求ができないということでもあります。
喫煙者にとってはかなり厳しいルールとも言えますが、タバコを吸わない人にとってはタバコの煙や臭いは、それだけ不快であるということですね。
今後さらに肩身が狭くなっていくことが予想される喫煙者。
「賃貸マンションやアパートではタバコを吸わないのが当たり前」という時代になってきているのかもしれませんね。
【参考URL】
賃貸住宅トラブル防止ガイドライン
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