故人が口約束で結んだ賃貸借契約。事後的に契約書の作成を求めることはできるのか?
父親の死後、所有していたアパートを相続したAさん。
しかし調べてみると、そのアパートの住人とは書面での賃貸借契約書を交わしておらず、賃料も相場よりはるかに安いことが判明しました!
さらには、契約者の一人が長年賃料を滞納していることが判明し、家賃を払うように求めていたが、「亡くなったお父さんからずっと住んでいいと言われた!そもそも契約書を交わしていないんだから支払う必要がない」と主張!
Aさんのお悩みは以下の3点です。
- 契約書がなくても、Aさんとアパートの住人との間に賃貸借契約は成立しているのか?
- 今から賃貸借契約書の取り交わしを求めることはできるのか?
- 安過ぎる賃料を上げることはできるのか?
今回は相続した不動産(賃貸マンションやアパート)で賃貸借契約書がなかった場合のトラブル対応方法を紹介していきます。
賃貸借契約書がなくても、契約は有効か?
まず、最初の問題である賃貸借契約書がない場合の賃貸借契約の有効性についてです。
結論から申し上げますと、賃貸借契約書の取り交わしの有無にかかわらず、契約は有効です。
以前このブログの他記事でも取り扱ったことがありますが、賃貸借契約は「諾成契約」の為、当事者間が賃貸借を合意していればその時点で契約は有効となります。
具体的には、口約束でと当事者が合意している場合や、長年その物件にお金を払って居住しており貸主もそれを同意していれば、賃貸借関係は有効と判断されます。
諾成契約:当事者双方の合意だけで成立する契約。売買・賃貸借・請負など
引用元:諾成契約(コトバンク)
なぜ賃貸借契約書を取り交わすのか?
賃貸借契約は契約書が無くても成立します。しかし、そのような契約は大変リスクが高いのです。
例えば本件のようなトラブルが発生したとき「〜円で住んでいいと言われた」「ずっと住んでいいと言われた」などと主張されてしまうと、それが口頭で合意した内容と異なる かを証明することは非常に難しいのです。
つまり、賃貸借契約書を取り交わすことで、「当事者が合意した内容」を客観的に証明する証拠となるわけですね。
事後的に賃貸借契約書を作成しても有効か?
まず、契約書は口頭合意の後で取り交わすこと自体は全く問題はありません。
ただ、今回のようなトラブルになった後から契約書を作成することはとても難しいのです。
なぜなら、契約書は本来当事者双方の意思が合意した内容を残す為のものです。
そのため、今回のような双方の契約内容に対しての意思が一致していない場合、どちらが正しいのかを客観的に証明することは大変難しいのです。
今回のケースであれば、借主Bさんが「そもそも家賃を払うなんて言ってない」と言い出した場合、賃貸借契約が成立していたことを証明しなくてはなりません。
過去の入金情報などから、家賃を支払っていた時期があるのかを調べ、客観的に賃貸借契約を結んでいるといえる事実を確認しなくてはなりません。
このような事態を避けるためにも、契約の締結前に事前に合意内容基づいた賃貸借契約書を作成しておくことが重要なのです。
賃料の値上げを求めることはできるのか?
では、賃料の支払いに応じた場合、相続したアパートの家賃が周辺の賃貸住宅に比べて極端に賃料が低い場合、貸主であるAさんは賃料の値上げを求めることは可能なのでしょうか?
基本的に賃貸借契約の賃料は貸主と借主の合意によって決まります。つまり貸主が一方的に値上げをすることはできませんし、借主から値下げをすることもできません。
しかし、話し合いがまとまらなかったときのために、借地借家法では「賃料増減請求権」を認めています。
借地借家法第32条 賃料増減請求権
引用元:借地借家法第32条
- 建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。
- 建物の借賃の増額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、増額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の建物の借賃を支払うことをもって足りる。ただし、その裁判が確定した場合において、既に支払った額に不足があるときは、その不足額に年一割の割合による支払期後の利息を付してこれを支払わなければならない。
- 建物の借賃の減額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、減額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の建物の借賃の支払を請求することができる。ただし、その裁判が確定した場合において、既に支払を受けた額が正当とされた建物の借賃の額を超えるときは、その超過額に年一割の割合による受領の時からの利息を付してこれを返還しなければならない。
つまり以下の3つの場合は、貸主、借主双方が賃料の値上げ又は値下げを請求することができます。
- 土地や建物に対する税金やその他の負担の増減があった場合
- 土地や建物の価格の上昇、低下など経済的事情の変動した場合
- 近隣の同じような物件の賃料と比較して不相当である場合
今回のケースは3番目の周辺物権との賃料不相応に当たります。
互いに賃料の増減について合意できない場合は、内容証明郵便を送り賃料増額請求の意思を表示して、賃料増額請求権を行使します。
賃料増減請求権を行使したからといって、即裁判になるわけではない
賃料増減請求権を行使した後、即訴訟になるわけではく、まずは民事調停を申し立てします。
民事調停とは、裁判所の「調停委員」という第三者を間に入れて、もう一度話し合いをすることを意味します。
賃料を支払うことに意義がない段階であれば、あとはその金額は話し合いで解決しましょうというわけですね。
調停でも解決できなかった場合は、訴訟を提起することとなります。ここまでくるとあとは裁判所が不動産の鑑定結果をもとに妥当な賃料を決定します。
ただ、ここまでこじれるともちろん不動産の鑑定料や裁判費用など、多くのお金と時間を費やすことになってしまいます。
もし裁判の結果、賃料増額が認められてもその効力は過去に遡及しない
仮にAさんが調停の結果、賃料の増額を同意してもらったとしても、増額した賃料が適応されるのは、今後の支払いについてのみとなります。
過去の期間の家賃についても増額ができるわけではありません。
※これを「遡及効がない」といいます。
また、調停や裁判期間中の家賃の支払いについては、賃料が決定されるまではこれまでと同額の賃料を支払えば問題ありません。(借地借家法第32条2項)
このように賃料の値上げを求めることはできますが、そのためには大変な労力を要します。場合によっては値上げした賃料よりも、訴訟費用の方が多くて結果赤字...ということもあり得るかもしれません。
まとめ
今回は相続したアパートの入居者が、口約束だけで賃貸借契約を結んでいた場合の、トラブル事例について紹介してきました。
内容をまとめると以下の3点になります
- 「口約束で結んだ場合でも、賃貸借契約書は有効」
- 但し契約書がないと、トラブル発生時に合意内容の証明が困難になる
- 賃料が相場と不相応な場合は、貸主は賃料の値上げを求めることが可能
賃貸借契約を結ぶ際は必ず賃貸借契約書を取り交わす、当然のことですがとても大切なことです。
今回のように相続した物件で故人が結んだ契約の場合、なかなかどのように対応していいかわからない方も多いようです。
親しい間柄の人を済ませるような場合でも、万が一のトラブルを避けるために必ず契約内容は書面で保存しておくことが大切です。
また、相場賃料と比べて安くなりすぎていないか、賃料の支払いが長い間滞っていないか、細かく確認し都度見直しをとる姿勢も大切でしょう。
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