入居者から「毎晩、上の部屋からドンドン音がする」と連絡があっても、すぐに真上の住戸へ警告するのは危険です。実際の現場では、真上から聞こえるため上階の住戸を疑っていたものの、調べると配管や建物の躯体を伝わってきた、上階の離れた住戸の音だった例もあります。音が聞こえる方向と発生場所は、必ずしも一致しません。
発生源が分からない騒音苦情で管理会社が最初に行うのは、犯人探しではなく、緊急性を切り分けて再確認できる事実を増やすことです。本記事では、初回受付で使える「音のカルテ」と、対象を決めつけずに調査・注意喚起を進める手順を紹介します。
最初の電話では「上の部屋」を事実として記録しない
受付記録には、「上階から騒音が発生している」ではなく、「申告者は上方から聞こえると感じている」と記載します。申告者の体感と管理会社が確認した事実を分けておけば、調査途中で別の原因が見つかっても、誤った前提に引っ張られません。
ただし、怒鳴り声、助けを求める声、物が激しく壊れる音など、人身への危険や事件・事故が疑われる場合は通常の騒音調査から切り離します。今まさに危害が及ぶおそれがある場合は110番、緊急ではないものの警察への相談が必要な場合は最寄りの警察署または警察相談専用電話「#9110」が案内されています。
初回受付で作る「音のカルテ」
「うるさい」という評価だけでは、設備業者への依頼も周辺住戸への確認もできません。次の5項目を一組にして聞くと、後日の申告と比較しやすくなります。
| 項目 | 確認する内容 | 質問例 |
|---|---|---|
| いつ | 日付、開始・終了時刻、曜日、頻度 | 「昨日は何時ごろから何分ほど続きましたか」 |
| どんな音 | 足音、話し声、音楽、振動音、流水音など | 「一定の音ですか。断続的ですか」 |
| どこで | 最も強く聞こえる部屋、壁・床・天井、開口部 | 「窓を閉めても聞こえますか」 |
| 何と連動するか | 給排水、換気扇、エレベーター、工事、天候など | 「水を使う時間や設備の運転と重なりますか」 |
| 生活への影響 | 睡眠、会話、仕事への影響と危険の有無 | 「眠れない以外に、身の危険を感じる声や音はありますか」 |
現場Tips:受付担当者が変わっても同じ5項目で聞く
担当者ごとに質問が違うと、「前にも全部話した」という不満が生じ、記録同士も比較できません。受付画面や電話メモに5項目を固定し、聞けなかった項目は空欄ではなく「未確認」とします。最後に「次に管理会社から連絡する日時」を伝えれば、原因が分からない間も案件を止めずに済みます。
申告者には日時を限定した記録を依頼する
「今後一週間、聞こえたときに記録してください」のように期間を区切り、発生日時、継続時間、音の特徴、強く聞こえた場所を記入してもらいます。録音や動画は補助資料として役立ちますが、端末の性能や室内環境で聞こえ方が変わるため、それだけで音量や発生住戸を断定しません。
記録を依頼する際は、隣室の前で待つ、相手の室内を撮影する、直接訪問して問い詰めるといった調査を求めないようにします。入居者同士の接触が新たなトラブルにならないよう、連絡窓口は管理会社へ一本化します。
現場Tips:自由記述ではなく一行一件の記録表を渡す
日記のような長文は、複数日の共通点を探しにくくなります。「9月9日/23:10〜23:18/寝室の天井付近/物を引きずるような音/3回」のように、一回の発生を一行で記録してもらいます。管理会社は同じ時間帯の設備運転、工事、ほかの申告と照合しやすくなります。
発生源は「住戸・設備・建物外」の3方向で調べる
上階住戸だけを調べて異常がなければ、対応が行き止まりになります。最初から原因の仮説を3方向に分け、確認できたものを消していきます。
- 住戸由来:足音、家具の移動、テレビ、楽器、洗濯機、ペットなど
- 設備由来:給排水管、ポンプ、換気設備、エレベーター、機械式駐車場など
- 建物外由来:近隣工事、店舗、道路、屋外設備、風雨など
過去の苦情履歴、設備の点検記録、工事予定を確認し、同じ時間帯に複数住戸から申告がないかを調べます。設備との連動が疑われる場合は、申告日時を業者へ渡し、運転記録や現地再現の可否を確認します。管理会社だけで判断できないときは、貸主の承認範囲を確認したうえで専門業者による調査や測定を検討します。
現場で起きやすい「音の発生源の勘違い」
集合住宅では、空気中を伝わる音だけでなく、配管、床、梁、壁などを振動として伝わる音があります。そのため、耳で感じた方向だけを手掛かりにすると、次のような見誤りが起こります。
| 現場での申告 | 実際に考えられる原因 | 確認のヒント |
|---|---|---|
| 真上から水音や衝撃音がする | 配管や躯体を伝わった、上階の離れた住戸の排水・設備音 | 真上だけでなく、同じ配管系統の住戸や設備使用の時間帯を確認する |
| 天井から一定間隔で振動する | 給水ポンプ、換気設備、エレベーターなど共用設備の運転音 | 発生時刻と設備の運転記録、停止・起動のタイミングを照合する |
| 隣室が壁をたたいているように聞こえる | 斜め上の洗濯機、建具の開閉、配管の振動など | 壁際だけでなく床・天井・水回りで、音が強い場所を比べる |
| 特定の日だけ低い音が響く | 近隣店舗の音響設備、工事、車両、屋外機器など建物外の音 | 窓の開閉で変化するか、建物の外でも同じ時間に聞こえるか確認する |
| 風の強い日に物を引きずる音がする | 屋上や外壁の部材、共用部の扉、固定が緩んだ設備 | 天候の記録と照合し、屋上・外壁・共用部の安全点検につなげる |
現場Tips:「方向」より「同時に起きること」を探す
「どちらから聞こえましたか」だけでなく、「音が鳴る直前に水を流す音がしたか」「エレベーターの動作や扉の開閉と重なるか」「雨や強風の日に増えるか」を聞きます。発生場所の推測よりも、音と同時に起きる設備使用や天候を見つけるほうが、原因へ近づけることがあります。
また、申告住戸だけで音を確認するのではなく、必要に応じて共用廊下や上下・斜め方向の複数地点で同時刻に確認します。複数人で確認する場合は時計を合わせ、「23時12分に申告住戸では天井付近、共用廊下では確認できず」のように場所と時刻をそろえて記録すると、音が伝わる経路を比較できます。
現地確認は「音がしなかった」で終えない
訪問時に音を再現できなくても、苦情が事実でないとは限りません。確認日時、滞在時間、確認した部屋、設備の運転条件、そのとき音が確認できたかを残します。再現しなかった場合は、次に確認する時間帯や条件を決めます。
騒音計の数値も一つの資料ですが、単一の測定値だけで違法性や契約違反を決めるものではありません。測定場所、時刻、時間、周囲の状況、機器を記録し、必要な法的評価は弁護士などの専門家へ相談してください。
発生源が不明なら、注意喚起の範囲を狭めすぎない
情報がそろう前に「上階から苦情が出ています」と個別連絡すると、誤認された入居者の反発や、申告者の特定につながります。最初はフロア、縦の住戸列、建物全体など、音の伝わり方と建物構造に応じた範囲へ中立的な案内を行います。
注意文は「犯人への警告」ではなく「全員への行動依頼」にする
- 大きな生活音について相談が寄せられているという確認済みの事実
- 家具には緩衝材を付ける、深夜早朝の洗濯を控えるなど具体的な配慮
- 心当たりのある設備異常や音があれば管理会社へ知らせてほしいこと
- 入居者同士で直接訪問せず、管理会社へ連絡してほしいこと
- 管理会社の連絡先
注意文を一から作成すると、感情的な表現や申告者を推測できる情報が入り込むことがあります。ReDocSでは、テレビ、音楽、足音や振動などへの配慮を促す生活騒音に関する注意文を出力できます。ひな形を使う場合も、発生源が不明な段階では特定住戸が原因と読める表現を避け、今回確認できた事実と依頼したい行動に合わせて内容を確認してから配布してください。
「○号室付近」「夜勤の方からの申告」など、申告者を推測できる情報は載せません。送付対象、送付日時、文面、送付方法を案件記録へ保存します。
マンション管理センターも、発生源を特定できない生活音について、管理組合が行う一般的な対応の一つとして各戸への注意喚起を挙げています。ただし、同センターの案内は管理組合を対象としたものであり、賃貸管理会社の権限や義務を一律に定めるものではありません。管理委託契約と貸主への報告・承認ルールを確認して進めます。
改善しないときは、事実の増加に合わせて対応を一段ずつ上げる
| 段階 | できていること | 次の対応 |
|---|---|---|
| 1. 未特定 | 申告日時と音の特徴が分かる | 範囲を限定しすぎない注意喚起、履歴・設備・工事の確認 |
| 2. 仮説あり | 特定の設備や住戸と時間帯が重なる | 中立的な個別ヒアリング、現地確認、必要に応じた専門調査 |
| 3. 根拠あり | 複数記録や現地確認で発生源・行為を説明できる | 実際の契約書・使用規則に基づく改善依頼、期限設定、再確認 |
個別ヒアリングでは、「あなたの部屋が原因です」ではなく、「○日の23時ごろ、家具を動かすような音について相談がありました。同じ時間帯に音が出る作業や設備の使用はありましたか」と、日時と音を示して確認します。相手の回答も、認めた・否定したという結論だけでなく、在宅状況や設備使用の内容まで記録します。
契約違反や解除を検討する前に確認すること
国土交通省の「賃貸住宅標準契約書」は、大音量でのテレビやステレオ等の操作、ピアノ等の演奏を禁止行為の例に挙げています。ただし、標準契約書は法令で使用を義務付けられたものではなく、契約書のひな形です。実際の対応では、対象住戸の賃貸借契約書、特約、使用規則、管理委託契約を確認します。
発生源が特定できない段階で、特定の入居者を契約違反と扱うことはできません。発生源が判明しても、一度の申告だけで解除できるとは限らず、行為の程度、継続性、注意後の改善、周囲への影響など個別事情の検討が必要です。警告、解除、損害賠償など法的措置を検討する場合は、資料と契約書をそろえて弁護士へ相談します。
完了条件を決め、今回の情報を次の案件へ戻す
「注意文を配った」ことは作業の実施であって、案件の完了とは限りません。申告者へ結果を連絡し、一定期間に再発がないか、設備調査が完了したか、残る未確認事項がないかを確認して完了日を記録します。完全な無音を約束するのではなく、何を確認し、どこまで対応したかを説明します。
現場Tips:案件終了時に物件の「音の地図」を更新する
発生場所、聞こえた住戸、原因、伝わった経路、対応結果を物件単位で残します。給水ポンプの運転音が特定の縦列で聞こえる、風の強い日に屋上設備が振動するといった情報は、次回の苦情を早く切り分ける材料になります。個人の感想ではなく、確認日と確認方法を添えて記録してください。
まとめ
「上の部屋がうるさい」という苦情を受けても、管理会社は発生住戸を決めつけず、緊急性を確認したうえで「音のカルテ」を作ります。住戸・設備・建物外の3方向から原因を調べ、確認できた事実の量に合わせて、広い注意喚起、個別ヒアリング、契約に基づく改善依頼へと段階的に進めます。
まず明日からできる改善は、受付票に「いつ・どんな音・どこで・何と連動・生活への影響」の5項目と次回連絡日時を追加することです。原因が未特定でも、事実確認と期限管理を止めない運用をつくりましょう。
騒音に関する貸主側の責任や、発生源が判明した後の考え方は、入居者間の騒音トラブルに関する関連記事もあわせてご覧ください。
参考情報
個別の契約解釈や法的措置については、弁護士などの専門家へご相談ください。

